
| 6 「何、その驚き様は。2年会ってなかっただけだってのに。」 2年も。だろ。結婚してから一度も連絡も何もなかったくせによ。 あ、別に会いたかったわけじゃねーけど。 「どーせ、義兄さんとケンカでもしたんだろ。」 「失礼ね。……あんた、どーしたの。ここ。」 俺は、ゆづ姉の脇を抜けて家へ上がった。 俺の顔を見て、後ろをついてきたゆづ姉は言った。 左頬の傷。 「……別に。」 限りなく、白に近いピンク色。 左目の下から口にかけての線。去年の4月の傷跡だ。 「かっわいくない。ますます人相悪くなったわよ?」 2階の階段を上がる俺にまだついてくるゆづ姉。 「うっせーな。余計なお世話。ついてくんなよ。」 この傷は、男の勲章なんだよ。心の中で呟いた。 ゆづ姉は俺の言葉など全く気にせずに、部屋まで入ってくる。 「……何で突然帰ってきたわけ?」 「別に。ただ、何となくよ。」 ……聞くんじゃなかった。 変わってねーの。 ゆづ姉は、昔からのんびりとした性格。 良く言えば温和だが、天然。 「中坊のくせに、単車乗ってんだって?母さん困らせてんじゃないわよ。」 そんで。10歳も離れてるからか、俺のことはいつもガキ扱い。 ゆづ姉は俺のベッドに腰かけた。おこごとは続く。 「停学食らったんだって?ケーサツに捕まって。髪も染めちゃってぇ。」 前髪と襟足が長い、俺の赤い髪を目を細めて見る。 不良。と、唇を尖らせていった。 「……いつまでいんの?」 「いつまでいて欲しい?」 はぁ。わざと大きく溜息をつく。 勝手に帰ってきて勝手なこといって。ったく。 ゆづ姉は、部屋の窓を開けた。 「て――つぅ――!!」 バカでかい声。近所迷惑だっつーの。 轍生の部屋の窓が開いた。轍生は、夕摘姉ちゃん?と驚いた顔を窓から出す。 轍生も小さいころから一緒だったから、ゆづ姉のことを姉ちゃん。と呼ぶ。 「久しぶり――!相変わらず大きいね。また、背ぇ伸びた?」 ベランダ伝いにこっちに来る轍生に大きく手を振っている。 いつ帰ってきたんスか。との問いに、今日よ。と、答えるゆづ姉。 「夕飯、食べていきなさいよ。」 まるで、母親のようにゆづ姉は言った。 自分が作るわけでもないくせに。と、俺は心の中で悪態づく。 轍生も苦笑していたが、嬉しそうに部屋に入って来た。 夕飯。 いつもは3人または、別々のことが多い。 今日は5人での夕食。 母さんは、少し呆れながらあっちのお宅にご迷惑かけてないでしょうね。と、窘めた。 ゆづ姉は全く気にも留めず大丈夫、大丈夫。と、いなす。 「それより、こいつの方心配したら。ねぇ、父さん。」 俺を指さす。 父さんは、そうだな。なんてうなづいて、母さんもそうね。と、俺を見る。 「もう、警察のお世話にはならないでね。」 「……うん。ごめん。わかってる。」 轍生と顔を合わせた。 俺が反抗しなかったからか、ゆづ姉は首を傾げて、何で逃げなかったの。と、聞いた。 「ゆづ姉にはカンケ―ねーの。」 「ふーん。そうよねぇ。私はもうここの人間じゃないし、坡くんのお姉さんじゃないもんねぇ。」 ゆづ姉のウソ泣き。 勝手にいじけてろ。ったく。 「族の抗争があったんだよ。」 俺は説明した。 「でも、俺らの族は、そんなん望んでなくて、ただ単車が好きで仲間が好きで走ってんだよ。尊敬してる人がたくさんいるんだ。だから、勉強だって前より頑張ってんし、絶対高等部に上がって、卒業もすんし。な、轍生。」 「おう。」 警察から帰ってきた後、親に言った事をもっかい言った。 「そうね。海昊くんはいい子だし、信頼できるから安心だけど。」 うちの親にも轍生の親にも海昊さんは信頼が厚い。 だから海昊さんと一緒にいるようになってから、俺の変化を感じたのか親は何も言わない。 今回だって、わざわざ海昊さんは、親に謝りにきてくれたんだ。 BADに誘ったのは自分だから。って。巻き込んですまない。と。 俺らに怪我が無くてよかったと。本気で言ってくれた。 「誰、誰?海昊さんって。」 かっこいいし、かわいいのよ。関西弁が好きだわ。と、母さん。 いい年してアイドルに憧れているかのような物言い。 まあ、確かに海昊さんはかっこいいけど。 「えー、会いたい。会いたい。連絡してよ。つづ。」 ゆづ姉まで。海昊さんに迷惑だろ。と言うも聞いてないし。 既に会える気でいる。 「……ここに寝んの?」 その夜。 当たり前のようにゆづ姉は、俺のベッドの下に布団を敷いた。 「何照れてれんの。いーじゃない。」 照れてねーし。それに、何で照れなきゃなんねんだよ。 「つづ……元気そうでよかったわ。」 いきなりゆづ姉は真剣な顔で言った。 ……。 布団を整えながら、こちらをじっと見る。 「何か。変わったなー。と、思って。」 変わった? 俺が首を横に傾けると、ゆづ姉は微笑んだ。 「うん。男っぽくなったよ。」 ……。 ゆづ姉は、海昊くんって人が原因なのかな。と、知ったように口にした。 俺は、今までの俺の行いや海昊さんに出会ってからの事を話した。 如樹さん、滄さんとの出会い。この傷の事。 そして、12月12日のあの事件の事も。 ゆづ姉は、終始相槌を打ちながら聞いてくれた。 「……つづ、色々な事経験したのね。少しずつ人はそうやって大人になっていくんだよね。」 ゆづ姉は、昔のように俺の頭を撫でた。 何か、恥ずかったけど、素直に受け入れた。 「辛いことたくさん経験した分、優しく強くなれる。そっかぁ。つづも大きくなったんだなぁ。」 もう13だし。と言いたかったが、ゆづ姉にしてみれば10コも下の俺は、いつまでもガキ。なんだろう。 幼いころから、姉というよりもう一人の母親的存在だった。 「本当に俺、海昊さんや如樹さん、滄さんのこと、尊敬してんだ。あんな、かっこいい人たち、いない。」 ゆづ姉は目を細めた。 「私ね。男の子になりたい。ってずっと思ってたの。」 ゆづ姉が自分のことを俺に話すなんて、初めてな気がする。 俺はゆづ姉を見つめた。 「何か、女の子同士にはない絆みたいなの、あるじゃん。すごく憧れてて。かっこいいよね。」 何だかゆづ姉が年齢的にすごく近く感じた。 俺が少し大人になれたのか? 「でも、男って大変だよね。強くて優しくて女を守ってかなきゃなんないなんて。でもね。私は守られるんじゃなくて、支えたいな。せめて、私の前だけは、弱いところ見せてもらいたい。本当の自分をさ。甘えられてばっかじゃ困るけど、時には。ね。」 少し前の俺なら、ゆづ姉の話なんて聞かずにいた。たぶん。 ゆづ姉も話たりしなかっただろう。きっと、俺を少し同等に見始めてくれたんだ。 「ゆづ姉、幸せ?」 「幸せだよ。」 間髪入れずに俺の質問に即答したゆづ姉を見て、心底良かった。と、思った。 ゆづ姉の旦那さんには、数回しか会ったことがない。 けど、優しそうな人だったと記憶している。 短大を卒業後、一般企業に就職して、すぐに寿退社。大阪で新婚生活。 突然帰ってきたから、何かあったのかと思ったけど、きまぐれ。か。 なら良かったわ。 俺は、今までだったらそんなこと気にもしなかっただろう自分に我に返って少し驚いた。 「……つづ。これ。」 ゆづ姉は、机の横に立て掛けてあったエレキギター指さした。 「うん。矜さんに貸してもらってんだ。」 矜さん―――木賊 矜さんは、ゆづ姉の友達で同い年の23才。 小町通りのライブハウスのオーナーだ。 昔から俺を弟のようにかわいがってくれる。 轍生もだけど、俺に音楽に触れさせてくれたのは矜さんだった。 今でも楽器を弾きたくなったら矜さんのとこに行く。 「そうそう。俚束さんが小町通りでお店やってんじゃん。その下の階が矜さんのライブハウス。」 俚束さんもゆづ姉の友達。The Highwayというバーを経営している。 「よく、行くの?」 「うん、楽器やりたくなったとき。とか。すごく良くしてもらってる。」 「そっか。」 ゆづ姉は、懐かしむようにギターに触れた。ピックを手に取る。 紫色の、貝殻のようなピック。 ギターもピックも年季が入っているが、手入れがきちんとされていて、すごく綺麗だ。 「……まだ。持っててくれたんだ。」 ……? ゆづ姉は、独り言を呟いて、微笑んだ。 「……明日、矜さんとこ、行ってみる?」 ゆづ姉は、一瞬唇を結んで、意を決したかのようにうなづいた。 「そうね。久しぶりに奥さん。じゃなくて、女。に戻ろっかなー!」 ゆづ姉は、両腕を広げて、大きく伸びをした―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |